たたいて直す時計修理
2020-09-05 11:00
エバンスアフターサービス部です。 今回も時計修理の実際を皆様にご紹介します。
たたいて直すと言えばこのイラストのようなブラウン管テレビですが、時計修理でもたたいて直すことが多くあります。今回の記事では時計を修理する時の「たたく」という行為についてご紹介します。
ハンマーでたたく
時計修理用のハンマーがあります。主に時計の外部、ブレスレットの修理や調整の時に使うことが多いです。サイズ調整の時に使っているところを見たことがある方もいらっしゃるかと思います。
内部の部品の交換、調整にも使います。その場合は下の写真にありますようにタガネとポンス台という道具とセットで使います。作業内容によって、ハンマーを使い分けます。
たたくことで修理する例を二つ簡単にご紹介しました。
ですが、時計修理においては直すことを目的としない「たたく」行為がとても多いのです。今回の本題は実はこちらです。回数で言えば一日に50回ぐらいたたいているかも知れません。では、直すことを目的としないたたく例をご紹介していきます。
作業例①
時計を分解するところです。写真はロレックスのメンズ時計の内部です。手前に見えている金色の円盤のようなパーツは時計の動力源であるゼンマイが入っている香箱(こうばこ)というパーツです。香箱を取り外します。
ではピンセットで、、
と、行きたいところですがそれはしません。とがったピンセットの先端でパーツを傷つけてしまう場合もありますし、無理な力を加えることでパーツを変形させてしまう場合もあるからです。
まずは重力に頼ります。逆さまにします。これだけでぽろりと落ちてくれる時もありますがこの時は落ちてきませんでした。次の一手です。
ここで「たたく」の登場です。ムーブメントを固定している台をピンセットでたたきます。10回ぐらいたたけば9割落ちてきます。が、今回はそれでも落ちてきません。更なる一手です。
次もたたきます。今度はムーブメントを固定している台を作業机にたたきつけます。そして再びムーブメントを逆さまにすると、、
ようやく落ちてきました。さしてある油が古くなって接着剤のようにパーツ同士をくっつけてしまっていた為、逆さにしても落ちてこなかったのです。ムーブメントを固定する台をたたくことで衝撃を与え、固着をはがしてパーツを取り外すことができました。ピンセットによるキズをつけることなく、素早く作業を終えられます。
作業例②
もう一つたたく作業をご紹介します。今度は時計を組み立てているところです。同じく、ロレックスのメンズ時計です。
歯車を4つ組み込んでいきます。歯車には軸があり、軸を上下から支えることで回転が可能になります。
まず、時計の基盤となる部品に歯車を乗せます。そして上側の部品を乗せます。基盤の部品と上側の部品には歯車の軸を支えるための穴が開いています。全ての歯車の軸がしかるべき穴に収まらないと歯車が回転しません。
部品を乗せていくだけで歯車の軸が上下の穴に入ってくれることもあります。でもそうでないことの方が多いです。基盤の部品と上側の部品の位置が良くても、歯車が傾いて軸が穴に入っていないことがほとんどです。
ではどうするかと言うと、横からピンセットで歯車の軸をつついて穴に誘導・・・が最初の選択肢とはならないことを皆様お気づきかと思います。理由は前述の通りパーツ破損のリスクがあるからです。
ここで再び「たたく」の登場です。ピンセットの持ち手で台をトントンたたきます。
別の画像がこちらです。
振動を与えることで歯車が動き、上側の部品の重みと相まって歯車の軸はそれぞれの穴に収まりました。 ピンセットでたたくと同時に、上側の部品が少し下に下がるのをご確認いただけるかと思います。 歯車の軸が穴に入った瞬間です。
一回だけたたいて入る場合もありますし、何回もたたくこともあります。歯車、穴をたたきながら観察し、うまく入ったことが確認できたらたたくのはおしまいです。この場合もたたいて振動を与えることで時計を組立て、安全に作業をすることが出来ました。
以上、時計修理の時に多用する「たたく」という行為のご紹介でした。いずれの場合も時計そのものではなく、ムーブメントを固定する台をたたくことで時計に適度な振動を与えて作業を進めることが出来ました。パーツには触れていませんのでキズをつけたり破損するリスクを下げることができます。
時計修理作業の三原則
私がエバンスに入社した頃、アフターサービス部の前部長に作業の三原則というものを教わりました。それは
『早く、綺麗に、安全に』
です。シンプルな原則ですが、大事なのはこの三つが繋がっているという点です。作業を素早く済ませるなら、汚れないように気を配り、道具を適正に使う必要があります。綺麗な仕上がりの作業をする為には、手早く済ませ、キズをつけないようにしなくてはいけません。安全な作業をするなら手順を整え、作業台の上は整頓されていなくてはなりません。
つまり、作業が素早く出来たなら、それは綺麗で安全だったということです。綺麗な仕上がりだったなら・・・と以下続きます。
今回ご紹介しました、直すことを目的としない「たたく」という作業はこの三原則に基づいています。私たち時計修理技術者が普段心がけていることです。早く、綺麗に、安全に。初めて教わった時から10年以上経ちますが今も心の中にあり、響き続ける三原則です。
エバンスアフターサービス部では修理の基本を大切にしつつ、更に技術の研鑽に励んでいます。
そしてお客様からお預りした時計や、お買取させていただいた時計を、心を込めて修理しています。時計のご購入からお手入れまで、是非エバンスに安心してお任せ下さい。
最後に、今回の記事でご紹介した作業の進め方ですが全ての時計に適した方法という訳ではなく、ほんの一例としてのご紹介です。進め方の原則はどれも同じですが初めて修理する時計、華奢な時計にはそれぞれに適した方法を選択しています。
現在エバンスで取り扱っているロレックスのメンズ時計はこちらからご覧いただけます。
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