フィフティ ファゾムス①
2024-04-02 11:00
こんにちは、銀座エバンスの稲田です。
本日はブランパンから「フィフティ ファゾムス」のご紹介です。
フィフティ ファゾムスとは
ダイバーズウォッチの元祖で、誕生はロレックスの「サブマリーナ」と同じ1953年です。時計愛好家達にとって、どちらが先かというのは常に議論が巻き起こる話題で、実際には1953年に誕生したサブマリーナは”プロトタイプ”で、正式発表は翌年1954年、今回ご紹介するフィフティ ファゾムスが”元祖”であることに間違いないという所で落ち着きました。
名前の由来は、前回の私のブログ記事「ブランパン「フィフティ ファゾムス バチスカーフ」でも少しお伝えした通り、「fathomファゾム」とは海の水深を表す単位のことで、「50 fathomsフィフティ ファゾムス」(当時の限界最大深度)は約91.45mの防水性を持つという意味です。(下写真:フィフティ ファゾムス バチスカーフ)
そして、もうひとつの逸話はシェイクスピア(16世紀のイギリスの天才劇作家)の戯曲「テンペスト」の中で、「Full fathom five thy father lies」(5尋の深さにあなたの父が横たわっている)という台詞があるのですが、この「fathom 」(尋=ひろ…古代日本や中国で使われた長さの単位)から「ファゾムス」と名付けられ、”50”は先程も少し触れましたが、当時のダイバーの限界最大深度が50fathomsだったため、「Fifty Fathomsフィフティ ファゾムス」と命名されたそうです。
そして1953年のフィフティ ファゾムス誕生のきっかけは、当時のブランパンCEO”ジャン=ジャック・フィスター”がダイビング中に瀕死の重傷を負ったことや、フランス海軍の潜水部隊隊長が、CEOフィスターが海で臨死体験をしたあとの夢に出て来た時計によく似たモデルを、ダイバーたちが必要としていることに気付いたことであるとされており、これらの誕生秘話は後程詳しくお話しします。
トルネク-レイヴィル
フィフティ ファゾムスは、フランス海軍がはじまりで、その後スペイン、パキスタン、ドイツ海軍精鋭のフロッグマン、そしてアメリカ海軍「SEALs(シールズ)」といろいろな軍隊に広まって行きます。SEALs(正式にはU.S.Navy SEALs)とは、アメリカ海軍特殊部隊のことで、SEA(海)・AIR(空)・LAND(陸)の頭文字を取って名付けられ、SEALSは「アザラシ」の意味も持ちます。創設は1962年で、その名の通り陸・海・空すべてにおいて難しい任務を遂行しなければならないため、隊員達は毎日厳しいトレーニングを積んで訓練しています。各国の模範であり、憧れナンバーワンエリート集団それがSEALs(シールズ)なのです。そのSEALsが採用した時計となると、各軍で有名にならない訳がありませんよね。
そして生産本数も極めて少なく、実際の任務で酷使していたので現存するものも殆ど残っていない状態です。そのため、アンティークのフィフティ ファゾムスを探そうとするととても困難な上、大変高額なのです。(2021年のフィリップスでU.S.NAVYモデルが94,500ドル!(約一千万円)
中でも聖杯レベル(非常に高く手の届かないところにあるもののこと)なのが、「トルネク-レイヴィル」という伝説のダイバーズウォッチです。(上写真)これは1933年に制定された”バイ・アメリカン法”という米軍の物品を米国から購入することを義務付ける法律ができたことにより、スイスの時計会社の勢いが失われてしまったことがはじまりです。「アレン・トルネク」という人物が、このモデルのキーパーソンであり、それまでアメリカには存在しなかったブランパンの腕時計を天才的な手法で輸入した同社を語る上で欠かせない重要人物です。彼は、ブランパンの本社がある”ヴィルレ”を文字って”レイヴィル”という名に変えて、「トルネク-レイヴィル」という会社を設立し、ブランパンの時計をアメリカに流通させた偉大な人物なのです。気になるそのお値段は、2023年のフィリップスでエスティメートが200,000香港ドルでしたが、実際の落札額はまさかの952,500香港ドル(約1700万円)でした…!
ちなみに現在は完売していますが、トルネク-レイヴィルの復刻版が製作されており、話題を呼びました。余談ですが、スウォッチからも昨年2023年の70周年記念に、ブランパン・フィフティ ファゾムスのオマージュウォッチが販売されています。ちゃんと50ファゾムの防水性を持ち、「SISTEM51」という90時間パワーリザーブで高精度の本格的な機械式なんです。(下写真)ケースはすべてバイオセラミック製、色は緑の他、黄色、青、オレンジ、グレーの5色で、最近オリジナルとよく似た黒もコレクションに加わりました。私自身、フィフティ ファゾムスのコアなファンとしては、ひとつは手に入れたいと昨年の発表の時から密かに考えているモデルなんですよね、実は。
フィフティ ファゾムス誕生秘話①
昨年、2023年はフィフティ ファゾムス誕生70周年でした。これを記念して、現CEOのマークA.ハイエックと、ダイバー仲間であり、水中写真家のローラン・バレスタ氏との5年間の共同開発による「テック・ゴンベッサ」という記念モデルを発表しました。(下写真)これは、最大三時間もの潜水時間を計測できる(ベゼルが三時間を計測する目盛りになっており、三時間で一周する特殊な針で経過時間が読み取れる) 同社初のモデルで、海洋調査のダイバーのための革新的な新世代のダイバーズウォッチです。
このモデルを開発するにあたり、広範囲の海をいくつかの異なるプロトタイプを実際に装着して潜水テストを行ったそうですが、ゴンベッサ探索チームと共にCEOマークA.ハイエックも潜水テストに参加するという素晴らしいニュースを見た時は感動しました。そして、1950年から1980年の間CEOを務めた故ジャン=ジャック・フィスターも、ブランパンの魂であるフィフティ ファゾムスをこよなく愛した人物の一人であり、2019年には「Fifty Fathoms The History as told by the pioneer who created it」(フィフティ ファゾムスとそれを作り上げたパイオニアたちが語った歴史)というドキュメンタリー映画の監督・脚本までも手掛けたほどです。
この映画では、フィフティ ファゾムスの誕生秘話がCEO自ら熱く語られています。冒頭で少しだけ触れましたが、フィスターは熱心なダイバーで、当時フランスの海岸でスキューバダイビングをしていた時、時計がないために時間の経過が把握できず、ほぼエアが切れかかっていることに気付いた時にはまだ海底にいて、慌てて水面に急浮上したため、減圧症(症状は脳卒中に似ており、手足のしびれ、腕や脚の筋力低下、呼吸困難、めまいなどが起こるダイバー特有の病気)になってしまいます。彼は、ダイバーにはダイビングマスクや潜水スーツ、フィン、空気タンクの他、潜水時間を正確に把握するための腕時計が必要不可欠であることを身をもって知ったのです。ただ、当時は革ベルトの薄型ドレスウォッチがトレンドで、ダイバーズウォッチに関しては全くのゼロからの取り組みでした。
ジャン=ジャック・フィスターの「水中で時計を使えるようにしたい」ただひとつのその熱い願いから、いろいろな人の手で唯一無二の素晴らしい作品、”フィフティ ファゾムス”が生まれたのです。次回、フィフティ ファゾムス誕生秘話②からお話を始めたいと思います。
おわりに
いかがでしたでしょうか。今回は、フィフティ ファゾムス誕生のきっかけや、伝説的モデルについて、お話させていただきました。この記事を読んで、少しでもご興味を持っていただけると幸いです。
ちなみに書いていて、まさか語り切れずにこの記事がフィフティ ファゾムス第一弾になるとは思いもよりませんでしたが。笑
次回の第二弾では、誕生秘話のつづきと今回ご紹介するモデルについて詳しくお話いたします。みなさまお楽しみに。