エバンス オンラインショップ担当の大貫です。今回は日常生活でもお世話になっている素材、“チタン”について調べてみました。
チタン、またはチタニウム(タイタニウム)と呼ばれる金属について、今では日常でもよく聞く素材ではないでしょうか。アルミニウムやステンレスなどの工業用金属の中でも、チタンは非常に優れた性能を持っています。一方、よく聞く素材ではあるものの、時計業界では比較的歴史の浅い素材。実はよく知らない方もいるのでなないでしょうか。特徴やデメリットなどご紹介したいと思います。
時計業界のチタン素材の歴史
時計業界では、クォーツショック後の1970年代から時計用素材として研究されてきたチタン(チタニウム)素材。チタンは硬いわけではありませんが、一般には難削材と言われており、非常に加工が難しい素材です。
初めて時計の素材として製品化したのは、スイスの名門【IWC】でした。IWCは1978年~1998年まで【ポルシェ・デザイン】との共同開発をおこなっており、その中で1980年に世界初となるチタンケースのクロノグラフを発表しています。その後、1982年に誕生した軍用ダイバーズ『オーシャン2000』が人気となり広く知られるようになりました。
当時はスイス国内のケース製造メーカーではチタン加工ができるメーカーがなく、IWCが加工機械の開発から着手し、パウダー原料から自社内で製造するようになりました。IWCでは1998年に『GSTシリーズ』を発売し、チタン素材が一般化していきます。今日のチタン素材の普及は、IWCの功績が非常に大きかったと思います。
チタンの特徴
チタン(チタニウム)は元素記号 「Ti」で表される銀灰色の金属。ギリシャ神話に登場する巨人「タイタン」が名前の由来といわれています。天然のチタン鉄鉱が主原料で、工業的資源として使用されており、軽量、比強度 (引っ張り強さ) 、高耐食性、非磁性といった優れた特性を持っています。
軽く、優れた耐食性と強度に加え、高い『生体適合性』があるため、 人工関節やインプラントなど、医療用としても使用され、アレルギーが起きにくい素材。また海水に対しても高い耐性がありますので、時計ではダイバーズ用に最適です。
チタンは金属の中でも特に軽く、ステンレスに比べて約60%ほどの軽さとなっています。 その為、ボリュームのある時計にもチタンはお勧めで、腕に着けていても疲れにくいというメリットもあります。
素材自体に強度があり、強度は鉄の2倍、アルミの3倍で、 海水に対してプラチナ並みの耐蝕性があります。また粘り気があり、しなりやすい特徴もありますので、セラミックの様に衝撃で割れたりしません。
チタンの種類
純チタンは純度の割合から、≪グレード1 (JIS1種)≫から、≪グレード4( JIS4種)≫まであり、僅かな違いながら、グレード1が最も柔らかいチタンになります。またより強度を高め、加工しやすくするため、合金化したチタン素材もあり、『グレード5』『グレード9』など、チタン合金では20種近くの種類があります。
時計に採用されるチタンの種類は、純チタンの「グレード2」と、加工しやすいよう混ぜ物を加えて合金化した 「グレード5」の2種類を中心に使用されています。
“グレード5チタン”とは
いわゆる高級時計に使用されるチタンは、合金製の「グレード5チタン」がメイン。今ではこちらが一般的になってきました。グレード5チタンはポリッシュ仕上げが可能で、 純チタンのような濃いグレーではなく、ステンレスの色合いに近い素材感が特徴です。主にチタン90%、アルミニウム6%、バナジウム4%で構成されています。
グレード5チタンは、【タグホイヤー】から1998年に発売された『キリウム Ti5』が、量産化の始まりだったように記憶しています。当時は、これほど美しいチタンがあるとは想像もしていませんでしたので驚きました。
航空宇宙・自動車産業界でも使用されるチタン素材で、ヴィッカース硬さは300前後。一般的なステンレスよりも若干硬い程度ですが、純チタンの2倍の硬度となります。
チタンのデメリット
強度には優れるチタン素材ですが、表面硬度がそれほど硬い金属ではありません。一般的なチタン素材では、表面に傷が付きやすいのも事実で、ブランドによっては“マイクロブラスト加工”などの表面加工を行うことで、硬度を上げる工夫がされていますが、その表面加工により、外装の再仕上げが困難となります。また純チタンでは、色味が黒っぽいグレー で、好みが分かれるところです。
価格が割高な点もデメリットと言えます。IWCなど一部のブランドを除き、ステンレス素材のモデルよりも価格は高くなります。チタンは加工が難しいため、加工コストが高く、その分が価格に転嫁されます。
ただ「グレード5チタン」では、上記のようなデメリットは少なく、ステンレスに近い色合いで、硬く、ポリッシュ(鏡面)加工ができ、磨くことも比較的容易です。「グレード5チタン」は コストや使い勝手などを考えますと、時計の外装用としては、現状最も優れた素材ではないかと思います。
チタン硬度比較
チタンは『硬くて傷が付かない、付きにくい』と思っている方も多いと思いますが、丈夫ではあるものの、表面硬度は高くなく、ステンレス並みです。
純チタン ・・・ 110~155HV
グレード5 ・・・ 300HV
ステンレス ・・・ 200HV
セラミック ・・・ 1000~1200HV
サファイアガラス ・・・ 1800HV
※硬さの単位“HV”はヴィッカース硬さ
特殊なチタン素材
チタンの中にも特殊なものがあります。もともと航空業界や宇宙産業などで使用されていたハイテク素材を時計に用いており、この分野は【リシャール ミル】が得意とするところです。
「タイタリット」
【リシャール・ミル】、【ショパール】で使用されるタイタリット。チタン素材をエレクトロ・プラズマ酸化処理を施すことで、硬度、摩擦係数、摩耗と腐食への耐久性が向上。色調も独特で、ショックに強く、チタンの弱点であった耐傷性にも優れています。
「チタンアルミナイド」
チタンとアルミニウムが一対一の金属間化合物。高温溶解炉で鋳造され、高い耐熱性(最高使用温度:1000℃)が特徴で、F1エンジンのバルブや航空機のエンジン部品などに採用されている素材。 一般的なチタンに比べてより軽量で硬く、表面の色が黒くなります。時計メーカーでは【IWC】や、【リシャール ミル(文字盤)】に採用された実績があります。
「チタンカーバイト」
“炭化チタン”とも呼ばれるチタンと炭素の合金で、ヴィッカース硬さは1450。黒い色合いで、一般的なセラミック素材( ヴィッカース硬さ1000~1200)よりも硬い素材となります。非常に加工が困難な素材で、時計メーカーでは【リシャール ミル】の一部パーツに使用されます。
「ガンマチタン」
主に航空業界で使用される超軽量チタンで、時計業界では2019年に【オメガ】より発表された「シーマスター アクアテラ “ウルトラライト”」がおそらく初出。“ガンマチタン”はチタンとアルミニウムの合金で、非常に軽く、表面硬度が硬いという特徴があります。
ブランド独自のチタン素材
チタンを素にしたブランド独自の素材が開発されています。自社内で素材自体を製造できるメーカーは少なく、技術力の高さが伺えます。
【シャネル】 チタンセラミック
セラミックにチタンを融合した素材で、「クロマティックカラー」と呼ばれる艶やかなグレーが特徴。ダイヤモンドパウダーで磨き上げた独特な光沢が魅力。サファイアガラスに匹敵する高い硬度を持ちます。
【ウブロ】 カーボンチタニウム
カーボンファイバーにチタニウムを混入させたウブロ独自の素材。マーブル模様が印象的となります。カーボン素材が主になりますので、軽量なのはもちろんですが、機能性というよりは、見た目に特徴があります。
【IWC】 セラタニウム
炉で焼成し、表面をセラミック化したIWCオリジナルのチタン素材で、 軽さと堅牢性を持ちながら、セラミックと同様の硬度、耐傷性を実現しています。PVDコーティングといった表面加工とは違い、剥がれることがありません。
まとめ:チタンは超おすすめ
一口に“チタン”といっても多様な種類、バリエーションがあるのがお分かりいただけましたでしょうか。今後も技術の発展により、ハイテク技術を用いた新素材や、ブランド独自の素材など、特徴のある素材が増えてくると思います。また、一部のメーカーでは、文字盤やムーブメント自体をチタンで製造するなど、素材使いの幅も広がっています。
現在も進化しているチタン素材。時計業界にとっては最強の素材だと、個人的には思っています。