時計素材の基本(外装コーティング編)/知っておくべき種類と特徴
2023-03-20 11:30
エバンス オンラインショップ担当の大貫です。今回は【外装コーティング】をご案内したいと思います。
時計は単に時刻を知るための道具ではなく、デザインや美しさを追求する装飾品としての側面も持っているため、時計の外観に関わる外装部品の表面加工技術は非常に重要な要素となります。
歴史を遡ると、金属における表面加工技術は古く、紀元前1500年頃のアッシリアで、腐食防止を目的とした“錫めっき”が行われていたとの記録があります。当時のめっきは、現在の「溶融めっき」と呼ばれる手法で行われており、高温に熱した金属を溶かして、物体に塗る方法を使っていました。
外装部品の基材として真鍮や亜鉛などの金属材料が多く使われていた時代は、耐蝕性向上のための表面処理が必須でしたが、今日では金属加工技術の進歩により、外装部品には耐蝕性の優れるステンレスやチタンが多く使われるようになったため、耐蝕性を目的とした表面処理は必要なくなってきています。
しかし、時計の外観に関わる表面加工技術は、今でも進化を続けており、外装コーティングなどの新しい技術が登場しています。
PVD加工
時計業界ではよく耳にする「PVD加工」は、“フィジカル・ヴェーパー・ディポジション(物理蒸着)”の略称で、主に窒化金属を蒸発させ、素材に被膜を形成する手法。金属被膜のため表面は硬くなり、様々なカラーを使用できる点が特徴と言えます。最近では文字盤やベゼル、ムーブメントのパーツの色付けにも使用されます。
真空蒸発法という方法を用いるのが一般的ですが、他にもイオンプレーティング法、スパッタリング法など素材の特徴や用途により、様々な手法が存在します。
DLCコーティング
“ダイヤモンド・ライク・カーボン”。カーボンと名に付く通り、炭素を使用した表面加工技術で、表面はダイヤモンドのように極めて硬く、耐傷性、耐摩耗性に優れ、剝がれにくいのが特徴。一部例外はあるものの色は基本はブラックのみのとなる。
腕時計では、DLCの被膜をPVD加工を用いてコーティングされます。
ゴールドプレート(金メッキ)
ゴールドプレート(GP)は、真鍮やステンレス鋼などの基材に、電解めっき法や真空蒸着法によって薄い層の金をコーティングする方法。いわゆる“金メッキ”です。
低コストで高い審美性が得られる点が特徴ですが、後述する“ゴールドフィルド”と比べて、コーティングの層が薄いため、変色や摩耗で下地が出やすく、耐久性や価値がやや低い点と、再仕上ができない点がデメリットとなります。
ゴールドフィルド(金張り)
現代ではなじみの薄いゴールドフィルド(GF)。 いわゆる“金張り”です。 素材の表面に14金や18金などのゴールド板を熱と圧力で貼り合わせる手法。 アンティークウォッチなどで目にするものです。
素材を含む総重量の内、5%以上の金を使用するものを【ゴールドフィルド】、5%以下を【ロールド・ゴールド・プレート】と呼びます。
金の厚みがあり、耐久性や価値が高いものの、金を多く使用するため、現在の時計業界では、コストに見合わずほとんど使用されていません。
ヴェルメイユ
古代ローマ時代に起源をもつ伝統的な手法で、「朱色の織物」を意味する“ヴェルメイユ”。シルバーをゴールドの被膜で覆った素材で、現在の手法は18世紀半ばフランスで確立されました。
時計メーカーでは、以前カルティエに用いられており、規定は5ミクロン以上となっているものの、カルティエで採用していたヴェルメイユ素材では、20ミクロンの厚さがあり、金メッキよりも耐久性が高い。
ロジウムメッキ
ロジウムは銀白色。耐蝕性に優れ、科学的に極めて安定した高価な素材。硬度、耐摩耗性、均一電着性に優れ、美しい銀白色を有することから装飾メッキとして利用される。時計では、ホワイトゴールドの変色防止などに利用。
クロム/ニッケルメッキ
現在はアンティークウォッチに見られる表面加工。真鍮ケースに耐蝕性とステンレスの様な光沢を加える加工で、 ステンレス素材が一般的になる以前に使用されていました。変色もなく腐食にも強い抵抗力を持ちますが、クロムやニッケルは金属アレルギーが起こりやすい素材の為、現在は使用されません。
マイクロブラスト加工
金属粒子を素材に投射し、表面加工を施す手法で、素材の硬度を上げるとともに、傷が目立ちにくい仕上がりとなります。主に表面の擦れが目立つチタンなどに使用されています。
ラバーコーティング
名前の通り、素材をゴム(ラバー)で覆う加工。耐衝撃に優れ、傷にも強いというメリットがあります。ただ使用するラバー素材にもよりますが、経年劣化により硬化やヒビ割れが起こりやすくなります。
番外編:風防の無反射コーティング
時計の風防素材として、現在一般的に用いられているサファイクリスタル(サファイアガラス)は、屈折率が高く、強い光源を当てると反射する特徴がり、そのため、風防に「無反射コーティング」を施す流れが生まれました。
90年代の初期の無反射コーティングは、コーティングが劣化しやすいため、風防の内側にのみ施されていましたが、その後の改良により、耐久性の高いコーティングが開発され、表面にも施すことが可能になり、両面の無反射コーティングが実現し、視認性が劇的に向上しました。
かつては青や紫の様な被膜の色が表面に出てしまう欠点がありました。しかし近年では、多層コーティングによって限りなくクリアになり、強度も高くなりました。加えて反射率も下がったことで、文字盤の鮮やかさが際立ち、色や加工が映えるとともに、リストショットによる撮影もしやすくなったといえます。
一方で、ロレックスに関しては、風防のコーティングを採用していません。それでもロレックスは、高い耐久性と視認性を誇る時計の代名詞として知られています。風防に限らず、時計の素材や加工技術の進化によって、ますます高度な品質が求められる時代になっています。今後も時計業界が進化を続ける中で、より優れた風防素材やコーティング技術が生まれてくることが期待されます。